【第1話 始まり】 の続き
家の前では菜の花畑を背に、ふくれっ面をしたメルティナがシャロットを待っていた。
「…あ、待っててくれたんだ」
「ふん…、しょうがないでしょ! あんたのこと迎えに行くって言った手前一人で戻るわけにも行かないし。 それにあんたってばちゃんと見張ってないと、どこ行くか分かったもんじゃないからね!」
そう言ったメルティナは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「さ、迎えの馬車はもうとっくに来てるし、アルフもクリスも待たせたままだから急ぐわよ!」
「ま、まさか朝からマラソンすることになるなんて」
「これでもゆっくり走ってあげてるんだから我儘言わないの」
暖かな陽光に照らされ、春の陽気の満ち始めた村の田舎道を小走りで駆けてゆく。
シャロットがこの地に来たのは8歳の頃。 類い稀な剣の腕から平民でありながら騎士として取り立てられた姉のマティルダが、この地に住居を与えられ、そこに妹と共に呼び出されるまでは孤児として各地を転々とする生活していた。
今となってはすっかり馴染み、途中たまにすれ違う村人に挨拶を交わしながらも目的地へと急ぐ。
「ところでメルティナ? さっきの話なんだけど」
「 …! …な、なによ」
「覚えてたか…」とでも言いたげなメルティナは、恨めしそうな目線をシャロットに向けて言った。
「その、今はまだ自分が何をやりたいのかなんて分からない。 でも、ちゃんとやりたい事が見つかったらまた言うから、…それまで待っててくれないかな」
臆せず真っ直ぐにメルティナの目を見てシャロットは言う。 それから前方に視線を戻したメルティナは遠くを見つめ、しばらくの沈黙が続いた。
「……うん、分かった。 待っててあげる」
そう言って再びシャロットの方を見た時には、普段通りの元気な笑顔に戻っていた。
「…やっと来た」
村の中央の広場。 道端の柵に腰かけて本を読んでいた少女が、ぱたんと本を畳んで静かな口調で言った。
「おう、やっとか。 別にもう少しこうしていても良かったんだけどな」
馬車にもたれて空を見上げていた青年は、やれやれといった様子でそれに答える。
「お待たせ! この寝坊助起こすのにちょっと手間取っちゃった!」
「みんな遅れてほんとごめん!」
家を出て約10分ほど走った村の中心部の広場では、もう二人の仲間が城に向かうための馬車の横で待ちくたびれていた。
「よう、やっぱお前が最後だったな、シャロ。 結局お前の寝坊助は最後まで治らなかったわけだ」
そうシャロットに声をかけたのは長い黒髪と青い瞳、武装して大剣を背負った飄々とした雰囲気の少年アルフレッド。
「……」
そしてその隣に居るのは、いかにも無口そうな少女。 アルフと同じく長い黒髪に青い瞳、マントを羽織り杖を手にしているのは、アルフレッドの妹のクリスリーネだった。
「メルも迎えお疲れさん」
アルフレッドはメルティナに労いの言葉をかける。 宿の手配やメンタルのケアなど勇者一行の諸々の調整役はこのアルフレッドが担当していた。
「はいはい感謝なさいよ、この寝坊助を起こすのホント手間なんだからね」
「僕のせいで皆にまで迷惑かけちゃってほんとごめん!」
「ああ、気にするなって。 お前を待ってる間のゆっくりした時間も悪くなかったし、何より城の奴らの余興に付き合ってやるんだから多少の遅刻は問題無いだろ」
「ちょっと、貴族のあんたがそんなこと言ってもいいもんなの?」
「いいってことよ、所詮は安全な城の奥でぬくぬく暮らしてる連中さ。 さ、もう迎えの馬車も来てるし、とっとと出発しちまおうぜ」
会話もほどほどに、4人は城行きの馬車へと乗り込んだ。
馬車には操縦主である御者は乗っていなかったが、目的地までの経路を自動で走るように馬に魔法がかけられている為、4人が乗り込むとすぐに走り出した。
向かい合った座席の馬車の前方側にアルフレッド、後方側にはシャロットを挟むようにして、その左右にメルティナとクリスリーネが座った。
「あ、あの、どうして二人とも僕の隣に座るの?」
両脇をメルティナとクリスリーネに囲まれたシャロットが肩を狭めて居心地悪そうに言った。
「別に何だっていいでしょ、文句ある?」
メルティナがツンとした態度でそっぽを向いて言った。
「文句は無いけど、狭くないのかなって。 あ、なんだったら僕がアルフの隣に……」
立ち上がろうとしたシャロットの腕をクリスリーネが掴んだ。
「私はシャロの隣がいい、メルがお兄の隣に行くべき」
「な、何ですって!?」
「ちょっ……クリス!? なに喧嘩売るようなこと言ってるの!?」
「シャロは、あげない」
続けてクリスリーネは物静かに、しかし瞳の奥に熱い炎を滾らせるような目でメルティナの瞳をを見据えた。
「なっ……、こいつっ…」
バチバチと火花を散らすような、炎と氷の無言の対決がシャロットを挟んで繰り広げられる。
「あの、アルフ、僕そっちに行って良いかな?」
「俺を巻き込むな、今お前がこっちに来たら俺にも飛び火するだろうが」
アルフは目を合わせないように外を眺めながら言った。
途中、何度か中継点で馬を入れ替えながら、村から王都までは馬車で3時間ほどの距離だ。
馬車からは一面に、作付けされたばかりの未だ青い小麦畑と、黄色い菜の花が広がっているのが見える。
等間隔に防風林が設置され、それを通り過ぎればまた小麦畑が広がるといった景色が繰り返される。
そんな長閑な景色とは対照的に馬車の中、主にシャロットの両隣では未だバチバチと視殺戦が繰り広げられていた。
「……それにしても馬車があって助かったよ。 今となっては動いたら動いただけ疲れるからね」
剣呑な雰囲気の漂う馬車内で、シャロットはわざとらしく話を変えようとのんきな様子で話を振った。 流石の勇者であっても笑顔が目に見えて引きつっている。
メルティナとクリスリーネはお構いなしにシャロットを挟みにらみ合っていたが、アルフは存外真剣そうな面持ちでそれに反応する。
「やっぱりあれからも勇者の力は戻らずなのか?」
今までなら百体の魔物を無傷で屠り、巨人をも捻じ伏せる腕力と底なしのスタミナを持っていたシャロットだったが、魔王を倒してからは、まるで役目を果たしたかのようにそれらの力が無くなっていた。
「うん……、たぶんなんだけど、魔王…、というか倒すべき相手が居なくなったからじゃないかと思うんだ」
「役目を終えた事で勇者の力は一時的に眠りについのか、或いは消えたのか。 眠りについただけなら、また何か理由で戻るかもしれないんだがな……」
「アルフ? どうかした?」
浮かない表情で黙りこくったアルフレッドにシャロットが心配そうに声をかけた。 するとアルフレッドはそんなシャロットの目を真っ直ぐに見て言う。
「シャロ、お前の勇者の力が消えたっていうことは隠した方がいいと思う」
「え…?なんで?」
貴族の長男であるアルフレッドの元には自然と様々な情報が流れて来る。 当然、シャロット達が属する王国・ルークレシアを取り巻く周辺諸国の情勢についても。
「お兄?」
「何か考えがあるのね?」
アルフの真剣な様子にいつの間にかメルティナとクリスリーネも真面目な様子で二人の話に混じっていた。
「ルークレシアは豊かな土地と先進的文明レベルの国だ。 だが周囲を大国に囲まれ、教会勢力も複雑に絡み合っているのはお前らも知ってるだろ。 今までは強大な魔王軍という共通の敵が居たから纏まる事が出来ていたが、これからは人間同士の駆け引きになる」
「その駆け引きにシャロがどう関係するっていうのよ」
信じたくない話ゆえか、やや苛立ったメルティナが噛みつく。 しかしアルフレッドは構わず続ける。
「いいか、これから空白地帯になった魔王領の切り取り合戦が始まる。 魔王を倒した勇者の力や存在はどうしても巻き込まれる、そこに無関係でいられるとは俺には思えないんだ。 単純な戦力としては勿論、空白となった魔王領の住人を従わせる権威がこいつには備わっちまってるんだ」
そう言ってアルフレッドがシャロットに目をやると、他の三人はゴクリと息を呑んだ。
気付けば全員が真剣な面持ちでアルフの話に聞き入っている。
「だがお前に無敵の勇者の力があると思われている内は、この国の貴族はおろか、ルーンラントやローマリアの連中でさえも迂闊には手は出せない筈だ。 だから勇者の力が無くなったことは迂闊には話すなよ、例えそれが国王相手でもな」
アルフがそう締めくくると、馬車の中は重い雰囲気に包まれていた。
「ま、まあアルフの言う事は最悪の場合の想定…、なんでしょ?」
苦し紛れな笑みでメルティナが、誤魔化すようにアルフレッドに問う。
「ん…、まあ実際そうなると決まった訳ではないが……」
「「「……」」」
「お兄のバカ、変な空気になった」
数秒の重い沈黙の後、クリスリーネが冷たい視線をアルフレッド向けながら言った。
「お、おい!? 俺は今後のことを真面目に話しただけだぞ!?」
クリスリーネの容赦ない指摘にアルフレッドが突っ込みを入れると、馬車内の雰囲気が幾分和らぎ、会話の内容は次第にとりとめのないものへと変わって行く。
しかしその様子は、今しがたアルフレッドの言った言葉を忘れようとしているようにも見えた。
馬車の窓からは、景色が一面の小麦畑の広がる田舎景色から整備された街道に変わり始めていた。
* * *
石造りの分厚い城壁に囲まれたルークレシアの王都。
その中心部の城では、その日の夜開催される予定の、勇者を迎えるための祝賀会の準備の仕上げが行われていた。
使用人たちが慌ただしく駆け回る中、それを気に入らないといった様子で見つめている貴族の一団の姿があった。
「どこの馬の骨とも分からぬ輩のためにこの騒ぎ。 あともう少し時間があれば下賤な平民出の力など借りずとも、我ら高貴な血を継いだ騎士団が魔王軍を打ち破ったものを……!」
貴族の一人が忌々しそうに舌打ちをする。
「然り、この様なこと他国に知れればルークレシアは諸国の笑いものだ、国王陛下は一体何を考えてこのような盛大な催しを」
貴族たちはお互いに問いかけているようでいて、しかし誰に言うでもなく不満げに呟く。
「所詮は武働きだけの平民ですよ。 いずれ適当な理由をつけて辺境にでも追いやれば済む話でありましょう、先例もありますしね」
一団の中に居た若い貴族、公爵家の一人息子であるクロヴィスは周囲の貴族たちを窘めるようにして、にこやかな表情で言う。
「しかし得体の知れない輩を野放しにしておくのは如何なものか……」
「うむ…」
「それならばいっそ、消してしまわれますか?」
クロヴィスがにこやかな表情のまま誰に対してでなくそう呟く、その目は決して笑っておらず、貴族たちの出方を窺っているようにも見えた。
口々に悪態ついていた貴族たちは一瞬身体を振るわせて固まった。
しばらくその様子を観察していたクロビスは悪戯っぽく笑う。
「冗談です、皆々様はこのルークレシア王国の高貴な貴族にあらせられます、何を卑しい身分の者のためにそのお手を汚されることがありましょうか。 今の言葉はお聞き流し下さい」
それだけ言い残してクロヴィスはその場を去っていった。
後には神妙な表情でそれぞれ物思いにふける貴族たちだけが残された。
【第3話】 に続く

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