【第1話 少年と小悪魔】 の続き
話は国村が少年の姿に変えられた数日前に遡る。
季節は10月の上旬、秋の盛りに近づきつつあるというのに、未だ夏の気が色濃く残る暑い日の事だった。
瘴気に包まれた山間の集落にて、十時間にも及んだ戦いが終わろうとしていた。
焔魔国村は、人型をした黒山羊の妖魔の胸部にある赤黒いコアに大槍を叩き込んだ。
超硬度の結晶と金属がぶつかり合う高音が空気を振動させて轟き、黒山羊の妖魔の身体が地面に叩きつけられる。
それでも妖魔のコアには少しヒビが入った程度だが、そこから猛烈な勢いで槍が連続して打ち込まれ、妖魔は衝撃で動けず為す術のないままコアの亀裂が大きくなってゆく。
そしてとうとうダメージの限界を迎えたコアが砕けると、断末魔と共に妖魔は霧となって消滅した。
辺りにかかっていた黒い霧が晴れて抜けるような蒼天が顔を覗かせ、太陽の強い日差しが周囲を照らす。
周囲の建物や木々は損壊し、岩に到るまでが砕け、その場所で行われた戦いの激しさを物語っていた。
「ふぅ、やっと終わりか、手間かけさせやがって」
一人そうごちりながら国村は汗を拭う。
国村がそう思うのも無理はなかった。 前の日の夜、ここから西方の魔人勢力圏の最西端を担当する魔人から『領地内で謎の瘴気が発生したため原因の調査に出る』、という旨の報があった。
報を送ってきた魔人・焔魔棗は最も危険な魔人勢力圏の外地部を担当するだけあり、国村にも匹敵するほどの戦闘向きの魔人であったことと、そしてまた凶暴な魔物の多い外地ではこのような事態もさほど珍しい事でもない為よくあることと気にも留めていなかったが、しかしそれきり棗は連絡を絶った。
『異常発生の報告から丸1日半経って続報が無ければ、緊急事態とみて仲間を救うべくその場所に救援に赴かなければならない』。 国村が就く右近衛官の職に与えられた規則に従って救援に向かおうと準備していた矢先。 夜も明けぬ内に今度は自身の担当領域内に侵入者があった。
現れた魔物の容貌は人型をした黒山羊や黒犬、赤い牛などの様々だったが、それらは一様に黒い蝙蝠のような翼と角を持ち、胸部に浮き出た赤黒い結晶状の核が妖しげな光を湛えていた。
妖魔は首を飛ばされても身体が真っ二つになってもあらゆるダメージが瞬時に再生してしまい、国村は当初苦戦を強いられた。 戦う内に敵の弱点が胸部のコアであることは分かったが、それがやたらに硬く、百回近く全力で斬りつけてやっと一つ破壊できた。
敵の総数は6体で全て始末する頃には昼になっていた。 それだけ長いこと槍を振るい続けていたため、手はあちこち擦り切れて血がにじんでいる。
(それにしてもここまで敵が現れるとは、一体どうなってやがる……!?)
眉間にしわを寄せて、手に布を巻き付けて傷を手当する国村の耳に、慌ただしく複数の鹿の地面を蹴る足音が聞こえてくる。
音が迫ってきている方向に目をやると、国村の視界の端に鹿に跨った複数人の武装した若い魔人の一団の姿を捉えた。
魔人はかつて発生した『蟲』との戦いで大幅に数を減らし、現在は全て合わせても二百人ほどしかいないため、現れた魔人全員の顔と名前を国村は既に見知っている。 比較的若い世代にあたる国村よりもさらに年少ながら、いずれも比較的外地寄りの地域を任されている有望な魔人たちだった。
国村を見つけた魔人たちは少し離れた所で乗っていた鹿の脚を止めた。 そしてその中の一人が鹿から降りると大急ぎで国村の目の前まで駆け寄ってくる。
「叔父上!」
そう慌ただしい様子で声を発したのは、国村によく似た風貌の背の高い赤髪の男。 国村の従姉甥にあたる焔魔兼継だ。
「……兼継か、久しぶりだな」
「は、お久しぶりにございます!」
久しぶりの従姉甥との再会だったが国村は素直に喜べなかった。 通常、外敵が多く危険な魔人勢力圏の外側には戦いに不向きな魔人や、兼継たちのような若年の魔人がやって来る事はない。 にも関わらず未だあどけなさの残る若い複数の魔人がそれも武装した状態でやって来るということは外地でただならぬ事が起きていることを示していたからだ。
「いや、それよりも叔父上! 屋敷に伺ったところ敵襲に対応していると聞き急ぎ加勢に参ったのですが!」
「それなら丁度今始末した所だ」
「は…、し、失礼ながら敵はどのような出で立ちでありましたか?」
驚きの表情を浮かべた後おずおずと尋ねた兼継に、国村は嫌な予感の的中を感じ眉を顰めつつも、妖魔の数と大まかな風貌、全身を覆う瘴気と恐ろしく固い核のこと、そして身体を斬ってもすぐに再生して効かなかったが、核を砕くとあっさり倒せた旨を伝えた。
「さ、流石は叔父上で……」
「やはり見覚え有りか」
「は、はい。 ここに来るまでに、叔父上が倒された者共と同種と思わしき魔物3体とすでに個別に会敵しております。 しかしやはりというべきか、奴らの胸部の金剛石のような結晶をたった一つ砕くのに私と後ろの三人を合わせた4人がかかりでやっとで……、そっ、それと実はその事に関して火急の報せがありまして……!」
兼継によれば、国村が妖魔と戦っている内にも時を同じくして、あちこちから似たような襲撃の知らせが中央に上がって来ていたのだという。 そのため魔人勢力圏の外側の魔人だけでは対処しきれない規模の事態と見て、中央からの指令で後方から救援にやってきたのだと。
「何だと? それじゃあもう外側は手遅れなのか!?」
「も、申し訳ありませぬ。 指令を受けてからすぐ出立して、仲間と合流しながらここまでやって来たので未だ何も……」
思わず声を荒げた国村に、兼継は申し訳なさそうに肩をすくめて言った。
「そうか……、だが俺の元に現れただけでなく後方からやって来たお前たちも敵に出くわしたってことは、かなりの数の敵が居るか、或いは最悪の場合外側の奴らは既に全滅した可能性さえあるな……。 それで他にも応援は来ているのか?」
「は、はい、今は丁度都には焔と円の二人の太公様が居られたとのことで、都の守りは太公様お二人に任せ、他の主だった魔人はほぼ総出で敵襲があったと思わしき地点にそれぞれ複数人の集団に分かれて向かうと聞き及びました」
「よし、ならば後方のことは後から来る魔人や太公に任せて今は外側の奴らへの加勢を急ごう、外地の救援が一段落したら返す刀で後方に向かうぞ」
「承知しました!」
「お前らには他に助けの必要な仲間の地点の加勢を任せた、俺はこれから予定通り一番最初に敵の現れた棗の所に行く」
「お、お待ちください、いくら叔父上でも今回ばかりは一人で戦われるのは危険です! 一番最初に襲撃があった場所ゆえ、もし未だ多数の敵が残っていたとなれば……」
国村の表情を窺うようにして、困惑混じりに兼継は言った。
敵の強さを身をもって知った今、どう考えても纏まって動くのが得策に思えたからだ。
「おい、他にも助けの必要な奴は大勢居るんだろうが、俺らが全員で一ヵ所に出向いてる間そいつらを待たせたままって訳にもいかないだろ」
「しかしながら……」
普段国村に頭の上がらない兼継にしては珍しく尚も食い下がる。 やがて自身の身が案じられていることに気付いた国村は軽くため息をつき、険しかった表情を少し和らげる。
「ふん、大丈夫だ。 俺を誰だと思ってる、どんな奴が相手でも負けやしねえよ」
険しかった表情を少し和らげた国村は諭すように兼継に言った。
もっともそうは言った国村だが、自身が大槍を縦横無尽に振るう豪快な戦いを得意としているため、味方への被弾を気にせずに済む単独での戦いの方が都合が良いという事情もある。
「ですが…….、…いえ、わかりました」
兼継は何かを言いかけるが、目を閉じて言葉を吞み込むように頷くと、渋々ながらも引き下がる。
『それでも万が一、叔父上より強い敵がいたならどうされますか』、そのような言葉を言えるはずが無かった。
「叔父上、どうかご無事で!」
他の場所が片付いたらすぐに加勢に向かうと言い残して、再び鹿に乗り込んだ兼継は離れた所で待機していた仲間たちと共に慌ただしく去って行った。
その後ろ姿を見送った国村は自身の向かうべき西方へと向き直り、空を見上げる。
とっくに秋分は過ぎているのに、夏のような空には入道雲が浮かんでいた。 今の状況には似つかわしくない空模様だなと自嘲気味に鼻で笑う。
そして腰に着けてある笛を口に運んで吹き鳴らし、直接その足で西方へと走り始めた。
しばらく走っていると、背後から黒褐色の大鹿・神風が現れ、国村はその背中にひらりと跳び乗る。
神風はその巨体に似合わぬ疾風のような速さで木々を避け岩から岩へ飛び移り、苔むした深い森を駆けていく。
(鬼、蛇、妖狐、夜叉などあらゆる強敵と戦ってきたあいつらが全員抜かれるなどただ事じゃない。 それこそこんな事は二百年近く前の……、前任の太公三人を含め魔人の半数以上がやられた『蟲共』との闘い以来の事態だ。 ……とにかく今は一秒でも早く連絡を絶った仲間達の元へ行きたい、もう仲間を死なせてしまうのは御免だからな)
***
「……ふん、そこそこ楽しめたが肩慣らしには未だ足りぬ。 この分では太公とやらもそう大したことはなさそうだな」
”全身を鎧状の装甲に覆われた大柄な魔王”は吐き捨てるように言い放った。
そんな鎧の魔王の眼前には、重武装に身を包んだ女の魔人、焔魔棗が傷だらけで地に倒れ伏していた。
「流石は魔王様! こうも一方的に魔人を打ち倒されるとは!!」
魔王のすぐ傍に控えていたぬいぐるみの様な小さな妖魔・チヴィニルが興奮気味に甲高い声を響かせる。
魔王との戦いの直前、棗は十数体もの妖魔を仕留めていた。
コアの堅さに難儀したものの、それでも棗にはまだまだ余力はあった。
しかしその後の鎧の魔王との戦いはほとんど一方的な展開となった。
魔王の全身を包む分厚い装甲は妖魔のコアよりもさらに固く、剣術面でも鎧の魔王は棗の遥か上を行っていた。
碌にコアに触れぬことすら叶わぬまま、棗は地を這うことになった。
「くっ……、この私が、た…、たった一体の魔物に手も足もでない…とは……」
棗は虫の息ながらも、ボロボロに刃こぼれした剣の柄を握りしめ恨めしそうに鎧の魔王を睨みつける。
「貴様ァ!! この方はただの妖魔などではない、魔王様だ! そんじょそこらの妖魔と一緒にするな!」
チヴィニルは剣の柄を持つ棗の手を踏みつけて吠えた。
目を吊り上げ怒りの表情を浮かべたチヴィニルは、周囲を指してさらに続ける。
「ここに居られる6人のお方はいずれも神にも等しい強大な力を持たれる魔王様方だ、貴様如きが前に立つだけでもおこがましい限り!」
チヴィニルが指さした先、禍々しい瘴気に覆われた周囲には、棗たちを取り囲むようにして夥しい数の妖魔が犇めいている。
たが魔王とされる六体がどの妖魔を指しているかは自明であった。
棗の眼前にいる鎧の魔王の他に、少女の霊体を従えた優男の魔王、不機嫌そうによそ見をしている金髪の女の魔王、烏のような仮面をつけた中性的な雰囲気の魔王、天使のような純白の翼を生やした盲目の魔王。 そして全身を闇色のローブで覆い素顔を隠した小柄な魔王。
「大体貴様のような下っ端が…ッ、うぎゃあっ!?」
未だに喚き散らそうとするチヴィニルだったが、突然背後から強烈な打撃を受け殴り飛ばされた。
吹き飛んだチヴィニルは十数メートル離れた位置にあった巨木に激しく打ち付けられ、ズルズルと木の幹を伝って地面に滑り落ちる。
チヴィニルの元々立っていた場所には鎧の魔王の拳が突き出されていた。
「たわけが……、既に死した者に余計な辱めを与えるな」
そう言った鎧の魔王の眼下の棗は既に事切れていた。
棗の亡骸を一瞥した鎧の魔王は、やがて背を向けて妖魔の集団から離れた方向へと歩き出した。
「貴様らとの馴れ合いにはいい加減虫唾が走る。 オレはオレで好きにやらせてもらう」
そう忌々しそうに吐き捨て、背を向けて去って行こうとする鎧の魔王。
その予想外の行動に妖魔たちはざわざわと動揺し始める。
と、そんな鎧の魔王に対し背後から冷たく抑揚のない声がかけられた。
「待て。 貴様がどうなろうと構わないが、勝手な行動は許さない」
妖魔の群れの中から、黒いローブで全身を覆ったもう一人の魔王・アークルシェルが進み出て鎧の魔王のすぐ近くまで詰め寄る。
アークルシェルが引き留めるのも無理はなかった。
事前に立てられた計画では、この後妖魔達が騒ぎを起こして魔人たちの注意を本拠地から遠方へと引き付ける、そして手薄になった本拠地を魔王達が叩くことが打ち合わせされていた。 『封印明けで弱った状態での魔人との正面衝突は不利』と魔王の一人、メルトドールが珍しく強硬に主張し、盲目の魔王がそれに賛成した為である。
このまま鎧の魔王が勝手気ままに暴れては、場所によっては策そのものが根底から覆される恐れさえあった。
「……オレに命令するな、邪魔立てするなら貴様から先に殺す」
アークルシェルに向き直った鎧の魔王は低く唸るようにして、怒気を帯びた声で言った。
並みの者なら蛇に睨まれた蛙の如く、身じろぎ一つ出来なくなる程の迫力だが、対するルシェルは何も言わずに被り物の下から鎧の魔王に鋭い視線を向け睨みあう。
それだけで辺りは透明な刃が飛び交っているかのような、異常なまでの殺気に支配された。
息の詰まるような沈黙が数秒続いた後、弾かれるようにお互いが武器を抜こうとした刹那。 二人の魔王の動きは目に見えない何かによって阻まれた。
二人の攻撃を阻んでいるそれは、魔力で構成された超硬度の『糸』であった。
二人の魔王の視線が向けられた糸の先には、その場に似つかわしくない神々しい純白の翼を生やした盲目の魔王がいた。
「二人とも一旦落ち着いてください、今仲間内で争っていてどうするのですか?」
盲目の魔王は目を閉じたまま、穏やかに声を発する。
未だ険悪な雰囲気の鎧の魔王とアークルシェルの間に入った盲目の魔王は、鎧の魔王に対してなだめるように声をかけた。
「聞いてください、我々はどうしても人間界へ帰りたいのです。 ここで貴方の行動を止めることは我々には出来かねますが、一先ず敵の本拠地や、その近くに攻撃を仕掛けることだけは止めて頂けないでしょうか。 戦いたいのであれば、全ての事が済んだ後に私が責任を持ってお相手を務めさせて頂きますので、ここはどうか」
盲目の魔王はそう言うと、胸に片手を当て、目を伏せて頭を下げた。
そのあまりの潔い行動に、鎧の魔王はやれやれと呆れたように首を振ると、興覚めだと言わんばかりに全身の力を抜き背を向ける。
「敵の本拠に手を出すなという要件は了解した、……オレはしばらく肩慣らしに行く、お前たちも早く力を戻しておけ。 寝起きで鈍った者を倒してもつまらぬ」
鎧の魔王はそう言って去っていく。
「あ、アークルシェル様、よろしいのですか?」
痛そうに腫れた頬をさすりながら、すっかりボロボロになったチヴィニルがアークルシェルに訊ねる。
「……」
アークルシェルは問いに応えず黙り込んでいる。
「ま、魔王様……?」
チヴィニルが困り果てていると、アークルシェルに別の方向からさらに声がかけられた。
「ねえ、あたし日の出前に安全な場所に行かないと、もうすぐ人格交代なんだけど。 というか人間界へ戻るとか正直どうでもいいんだけど」
痺れを切らしたようにして悪態ついたのは、不機嫌そうな表情を浮かべてつまらなそうにしている女の魔王。 そしてそれにもう一人の魔王が続く。
「私もこのままこの場所で時を過ごすなんて御免よ。 人間界には戻りたいけれど、一先ず今は私に相応しい美の空間に腰を据えたいものね」
そう不満を口にしたのは、カラスのような艶やかな黒い翼を背に生やした中性的な雰囲気の魔王。
「……」
二人の魔王とチルヴィの問いに対し、尚も憮然とした態度のままアークルシェルは黙り込んでいる。
それを見かねたメルトドールが三人ににこやかに対応する。
「ああ、大丈夫だよ。 ここから南東の方向に魔人達の本拠地がある、そこに手を出しさえしなければどこへなりとも行っていいよ」
「あっそ、確か敵を本拠地から引きずりだすんだっけ? 封印から解いてくれたお礼にそれだけは手伝ってあげる。 だけどその後の事はあたしは知らないから」
女の魔王は心底どうでも良さそうに吐き捨てた。
「私も最低限の協力はしてあげるわ、ただし相手は美しい者限定だけど。 それと人間界に帰れると時が来たらちゃんと連絡するのよ、あんた達に任せてたら、私が保護する前に人間たちが皆殺しにされそうだしね!」
二人の魔王は、背中の翼と魔力による浮遊力で勢いよく上空に飛び立つ。
そして目も開けていられないような暴風を巻き起こして別々の方角へと飛び去って行った。
「どいつもこいつも……」
アークルシェルは忌々しそうに呟く。
「魔王様、他の者たちは……」
禍々しい色をした牛の妖魔が、機嫌の悪いルシェルに困惑しながらも、おずおずと進み出て尋ねる。
「これまでの魔人たちの戦いぶりを見る限り、強力な魔人でも強化されたコアを砕くのは容易なことではないみたいだ。 君たちでも十分戦えるレベルと見ていい。 うん、派手に暴れてくるといいよ」
ここでもメルトドールがアークルシェルの代わりに配下への指示を下した。
その言葉を聞いて夥しい数の妖魔たちが歓声を上げ方々へと散って行く。
後には三人の魔王と、その側近たる精鋭の妖魔たちだけが残された。
「メルト様、我々はこれからどう致しますか?」
未だダメージの抜けやらぬ様子のチヴィニルがメルトドールに訊ねる。
「事前の作戦通りさ。 部下たちがあちこちで騒ぎを起こし、可能な限り魔人達を本拠地から引き離す。 そして最後に手薄になった首を斬り落とす。 機が熟するまで僕たちはここに残ろう」
その場に残った妖魔たちに周知するようにメルトドールは言った。
不機嫌そうに岩場に腰掛けて黙り込んだままのアークルシェルを遠巻きに見ながら、メルトドールは盲目の魔王に話しかける。
「すっかりへそを曲げちゃったみたいだね」
「彼は我々の中でも、人一倍人間界に戻ることを望んでいるようですからね」
「自身と同じ熱量を周りが持っていなかった事への失望って所かな」
「そうですね。 それほどまでに彼もまた哀れな仔羊たちを神の御許に送れることに心躍っていたのでしょう」
「…いや、たぶんそれは君だけだと思うよ……。 ま、使命だか何だか知らないけど頑張ってね」
メルトドールは肩をすくめて苦笑する。
「あ、そうそう、この死体は僕が貰うとするよ」
メルトドールがそう言うと、自身に纏わりついていた少女の霊体を棗の亡骸へと憑り付き同化する。
そのまま少しの間動きがなかったが、少しすると棗の指先がピクリと動き地面から身を起こす。
何事もなかったように立ち上がったその瞳には怪しげな暗い光が灯っていた。
【第3話】 に続く


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